若手医師の提言
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  • 所属:
  • 役職:
  • 氏名:一瀬 幸人 先生
  • 専門分野:
  • <経歴>

私の研究

研修医時代の研究

私は1978年3月に長崎大学医学部を卒業後、5月より宮崎医科大学第2外科の研修医となった。新設医科大で医師が絶対的に不足していたこともあって教授を含め諸先輩方の「様々な研究」の助手をさせて頂いた。犬を用いた対外循環装置を使用しない超低体温下での開心術など心臓関連の基礎研究から当時がん患者の細胞性免疫反応を測定するためのツ反反応をみる臨床試験なども経験した。当時は手技自体に興味がありそのコンセプト等には全く無関心であったが、「研究」の立案から結果の収集まで企画したものが2つある。1つは抗生物質に関するEagerの定義(血中の抗生物質濃度がMICを超えて6時間以上あけなければ細菌の増殖は抑制される)と臨床例がどれだけマッチするかというものである。2つ目は完全静脈栄養下の患者における蛋白代謝のバランスを尿中窒素の測定からその近似値を割り出すもので、そのデータ等は1979年の宮崎医科大学で行われた小児外科学会九州地方会で水田先生の座長の下発表した記憶はあるものの詳細は完全に忘れてしまった。ただただ水田先生の凛々しいお姿しか覚えていない。

九州がんセンターでの研究(1)

1980年1月1日国立病院九州がんセンター呼吸器科の職員となった。26歳の時である。種々なことに関心はあったが肺癌を専門とすることに迷いはなかった。ただ26歳の私は臨床のみの生活には飽きたらず、研究の中心として活躍されていた安元先生(現産業医科大名誉教授)に何度もお願いしテーマを頂いた。研究テーマが決定後は事が進むのは早かった。翌週には、福岡空港に到着した210匹のC57BL/6J mouseを貨物専用置き場で受け取り、その足で九大生医研免疫学教室 に向かった。そこで待っておられたのは発がん物質3-mehylchoranthrene(3MC)入りのピーナツオイルとコレスレロールを乳鉢に入れ、いかにも楽しそうに混ぜておられた野本教授であった。「動物にがんを作るのはこの3MCをいかにほどよく乳化させるかが重要」ということでこの過程だけはいつもご自身でなさるとのことであった。
その日から九州がんセンターでねずみの飼育が始まった。5匹ずつ1ケージに入れ臨床研究部の2階の片隅で210匹のねずみに3MCを注射し、5週後、ほぼ全例に腫瘍ができた。これらを無治療、放射線治療(20Gy)、Nocardia-cell wall skelton(N-CWS)、放射線+N-CWSの4群に分け経過観察した。プロトコールの提出もせず、しかも毎日の臨床後の放射線治療装置を使わせてもらったりと今では考えられない研究であった。結局計500匹のマウスを使い、研究が終了したのが1982年5月、Jpn J Cancer Res (74:143, 1983) に掲載されたのは、翌1983年の2月であった。初めての英文論文である。

九州がんセンターでの研究(2)

1982年4月に指導していただいた安元先生が九州大学へ転任となり、基礎的手技を学ぶ機会を模索していた時、臨床研究部生化学研究室の矢川克郎先生にめぐりあった。ちょうど米国の留学から帰ってこられた時であった。矢川先生からはいろいろなことを学んだ。マクロファージや好中球の刺激によって産生されるsuperoxideの測定やそのメカニズムの解明、superoxide産生能力を有するモノクローナル抗体作製などの研究を行った。また、何らかの理由で肺がん患者の単核球が刺激されてsuperoxideの産生能が変化していく現象を見つけ、癌診断に応用し報告した(Cancer Res 45:4473,1985)。 その他、食細胞ADCCによる癌の殺細胞効果はsuperoxideより過酸化水素によるものが主であること(Infect Immun 46:682,1984)など計185報の英文論文を書いたところで米国MDアンダーソン癌研究所細胞生物学教室に客員研究員として2年間留学した(1986.1~1987.12)。国立病院から休職で2年間の留学という貴重な体験をさせて頂いたのは日夜指導して頂いた矢川先生なくしては考えらないが、休職に難色を示された当時の病院長に対し「私に任せなさい」といつもながらのクールな口調で支援していただいた大田副院長(現九州がんセンター名誉院長)、私の我儘を許して頂いた原呼吸器部長(前九州大学呼吸器科教授)、そして研究での接点はなかったもののヒューストンでの生活を始めるにあたり大変お世話になった内藤誠二博士(現九州大学泌尿器科教授)など多くの方のご支援なくして成り立たなかったと思われ感謝している。

MDアンダーソン病院がん研究所での研究

ヒトマクロファージ(Mp)の腫瘍に対する殺細胞機序の解明などを行った。私の用いた系ではIL-1、TNFに感受性があり、活性化Mpにはその膜上にこれらが表出されるがIL-1、TNF抵抗性腫瘍においても殺細胞効果は維持されることを報告した(J Immunol 141:512,1988)。活性型のMpの膜上にIl-1、TNFが出現するのは今まで報告はなく、きっと最高級の科学誌に投稿可能だろうとボスに話したが、他の研究機関により1か月後にNature に発表されるとの情報が伝わりがっかりしたことも思い出す。
しかし何と言っても最大の収穫はMDアンダーソン病院で実施されているプロトコールが手に入ったことである。MDアンダーソン病院のプロトコールはリサーチナースにより厳重に管理されており持ち出し禁止であった。しかし韓国から留学していた同年輩のクリニカルフェローに本院で使用しされているプロトコールを何でもよいから1つみせてくれないかと尋ねたところ、いとも簡単にコピーを入手し私にあげるという。驚いた私は、万が一このことが発覚した際に彼が大丈夫か心配であったが、彼曰く、no problem。大人であった。その内容を見て再び驚いた。第2相試験の新薬のプロトコールであったが、仮説がα及びβエラーと共に述べられており、それに基づいて症例数が算定されているではないか。なんて科学的な臨床試験だろうという感動を覚えたことを昨日のように思い出すことができる。このプロトコールとの出会いが「私の研究」の内容を基礎系研究から臨床研究に変えた大きな因子の1つであることは間違いない。

九州がんセンターでの研究(3)

1988年1月より九州がんセンターでの勤務が再開した。1980年からのスタッフ最年少での勤務とは違い、部長につぐ地位であり、臨床レジデントを指導する立場となった。実際のところ基礎的研究を自ら行うのは困難であり、逆に意欲ある後輩に研究を如何にさせるかを、まず第一に考えなければならない立場となった。このような環境下ではあったが、基礎的研究から日本で唯一の公的臨床試験グループであるJapan Clinical Oncology Groupでの臨床試験まで行った研究がある。それは「開胸時に発見された癌性胸膜炎(癌性胸水、胸膜播種)に対しての対処方法として開胸側胸腔をhypotonic cisplatin で一定時間(15分)暴露する治療法」である(J Thorac Cardiovasc Sur 105:1041,1993)。現在ではこのhypotonic cisplaitn treatment は、開胸時に発見された癌性胸膜炎からより早  期の胸腔内洗浄細胞診陽性例、そして逆により進展した臨床的に明らかな癌性胸水例の治療に応用されつつあり、開発者としてはこの上ない喜びでもある。

治験、多施設共同試験

最も印象に残る治験、多施設共同試験の幾つかを述べたい。それらの1つがBestatinの適応拡大を目的に行われた完全切除された病理病期I期扁平上皮癌患者400例を対象としてダブルブラインドのBestatin とプラセボコントロールを比較する第III相試験の治験である。1992年7月から1995年5月の約3年間で予定通り症例を集積し、最終登録者の5年後の2000年5月に生存に関する最終解析を行った完璧なトライアルであった。本論文は最初N Engl J Medに投稿したが3ヶ月経っても詫び状のみで回答がこず、結局J Natl Cancer Inst (95:605,2003)での報告となったが、この時の経験が次の多施設共同試験である完全切除された病理病期I期腺癌患者1000例を対象としたuracil-tegafurと無治療群との第III相試験の結果をN Engl J Med(350:1713, 2004)に掲載できたことにつながったものと思われる。(N Engl J Medは論文の担当者(PhD)と直接電話で話をしなくてはならず1回目は1時間弱、2回目は20分程度かかった記憶がある。)本試験により日本の肺癌治療ガイドラインが書き換えられた。もう1つ、世界の肺癌治療ガイドライン(EGFR のactive mutationを有する進行腺癌にはEGFR-TKIの投与を第一選択剤としてもよい)を変えた中国、日本を中心としたアジアを舞台にした第III相比較試験(治験)にも参加した。当施設の登録症例数が日本で1位、全体で5位であったためN Engl J Med (361:947, 2009)にも共著者として掲載された。

九州がんセンター臨床研究センターにおける今後の研究

2011年4月当院臨床研究部は臨床研究センターに昇格し、1部9室が3部11室となった。即ち治験や臨床試験を自ら施行し、病院全体にこれらを推進する役目を負う臨床腫瘍研究部、データセンターの機能や、生物統計学の手法を応用して、よりよい臨床試験を構築する腫瘍統計研究部、そして、基礎的手法により、臨床試験などのProof of concept を証明する腫瘍病態研究部の3部体制となった。今後は、早期の探索的研究に力を入れ、3部共同で新しい癌の治療剤や治療法を開発していきたい。